生まれながらの才能のことを神様からのギフトと人は呼ぶらしいけれど
ホント何をやっても、人より優れた結果なんてもらえたことが無い人生を送ってきましたけれど。
なんか最近色々褒められることが増えてきたんですね。なーんでか。フラメンコ。
「ギター上手ですね」とか、「ブログの文章力すごいですね、読書してるからですよねきっと」とか、「真面目ですよね」とか、
これらのことを、なぜか30代になってから褒められることが増えたんですね。
…30代にもなったオッサンの褒められることがこれしか無いのはどうなんだ?人としての魅力無さすぎないか。
無性に悲しくなってきた、助けてラフ・メイカー。
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まぁ褒められないよりは良いよね。ありがとうございます。
そうは言っても、とかく謙虚にありたいものです。
それで、お褒めの言葉の後には大抵「才能があって羨ましい」って言われるんですけど
才能ってなんだ???????
こればっかりは本当にわからない。
分からないからGoogle先生に聞いてみた。
才能(さいのう)とは、ある分野において物事を巧みになしうる、生まれつきの素質や能力のことです。
うーん。やっぱりわかんないや。
分からないなりに、才能について本気出して考えてみた。
例えばギターは、たまたま親父が弾いていて
例えばブログでの文章力に読書が必要なら、祖母がとにかく読書家で
例えば真面目(こんなにクレイジーロックンローラーなのに)に見えるらしいのは、母親の人柄からきっと譲り受けているもので
あとついでに言えば、なぜか祖父が自費出版で自伝を作ってた(ほんとになんで?読んだけどさ)
まぁ、今の自分を構成する要素は結局のところ、家族からの影響を一身に受けているのだろうと思います。
でもこれを才能と呼ぶのか….?
だとしたら、僕のはちっちゃい箱だな。
家族が好きなものを、たまたま自分も好きになっただけであって。
もっと言えば、家族が好きなものだから、自分もそれを身につけるまでの苦労に対して踏ん張りが少しだけ効いて、結果なんとなく続いている…というのが正しいと思うんです。
だから私のは才能とは言えないんじゃないかな。家族からの貰い物ですよ多分。
もしそれが才能に見えるなら、家族も自分も共通で好きな物の中にこそ才能はあるのかもしれませんよ。
そしてそれはきっとあなたと、あなたのご家族にもあるでしょうから。
やりたいことや才能がない・不器用に悩む人はそんなところに目をやってみると、足元に小さな箱が転がっているかもしれませんね。
👇大好きな映画。天才的な数学の才能を持つ少女と、彼女に「普通の幸せ」を願う叔父の葛藤を描く。ギフト(才能)とは誰のためのものか、本当の家族の愛とは何かを問いかけてくれます。

