【真面目な話もね】シンガポールに着きました【最終章:友人の覚悟、祖母との別れ、そして起こす大きな渦】
画像はバクテーというスペアリブの煮込み料理。チャンギ空港に有名なお店があるので、初日と最終日に食べちゃいました。すんごい美味でした!!
シンガポール滞在記も後半戦。
観光と挑戦と愉快な話は前半に詰め込んだので、後半はまじめな話。ちょっと重い話なんかもあったりするので苦手な方はそっと閉じてもらえれば。ではいきましょう。
シンガポールへ渡った「本来の目的」
そもそも私がなぜシンガポールへと飛んだのかといえば、高校時代の友人から誘われたからです。では何故誘われたのかと言いますと、彼が現地で仕事をする際のアシスタントとして帯同してくれないかと。なるほどスケールがデカすぎる友人だ。
4日目から最終日までは、怒涛の仕事ラッシュでした。
ざっくり言うと、友人は身体のコンディションを整えるプロでして、シンガポール現地の人たちにケアを行うために海を渡ったのです。細やかな身体のメンテナンスという文化が根付いていない異国の地で、来てくれた人たちの体調や気になっている点を拙い英語でヒアリング。朝から晩までずーっとケアを続け、言葉の壁があるはずの人たちを一人残らず笑顔にしていきました。
海を渡って人を笑顔にする「友人の覚悟」

彼の仕事を見て一番感銘を受けたのは、とにかく「目の前の人を癒したい」という気持ちでした。 彼は冗談交じりに「人の身体のケアをしていないとウズウズする」と言っていましたが、その言葉に嘘偽りはないと思えるだけの姿を目の当たりにしました。
私だって、目の前の人をギターを通して喜ばせたいという気持ちはずっと胸に持って仕事をしてきているわけですが、それを踏まえても非常に衝撃と感銘を受ける出来事でした。 私の場合は「来てくれた人を笑顔にする」という視点でしたが、彼の場合は「海を渡ってまで誰かを笑顔にしに行った」わけですから。その原動力の純粋さに、本当に衝撃を受けました。まだまだ自分にもできることがあるなと痛感しました。
海を渡ってアウェイな環境の中、必要最低限のベッドと自分の腕だけを頼りにケアをし、疲れを癒し、笑顔にしていく。それだけでとんでもないことをしていると、私を含め周りの人たちは感動していました。 それでも彼は「もっとできたはずだ」と悔しがっていて。アウェイで不十分な環境の中でも最大限のものを届けたいという気持ち。そして、届けられなかったと本人が語る悔しさ。全てが本当に心から思って出てきた言葉なのだろうことが彼の立ち振る舞いからひたすらに伝わってくる。彼の仕事をする上での覚悟であり、使命であり、原動力が。
さあ、自分はどれくらいの気持ちを持ち合わせているのか、彼を見ながらずっと問いかけていました。どこまで純粋に目の前の人を笑顔にしようとしているのかと。これからの自分に対して深く深く向き合うきっかけを、彼は私にくれました。今私が思っていること、考えていること。これらをこのブログで発表するのはとても簡単ですが、それを行動に移していく結果で証明する。実際に喜んでもらう。自分の原動力に対する覚悟のようなものを強く揺さぶられました。これを書いている今も揺さぶられています。
祖母との別れと、最後に教えてくれたこと
シンガポールから日本へ帰る前日に母から連絡があり、祖母が危篤状態であると知りました。祖母の具合が良くないことは渡航の前から分かっていたので「ついに来たか」とも思いつつ、せめて地元の香川へ帰るまでは生きていてほしいと思いながら帰りのフライトに乗りました。結果的には、羽田空港ロビーで高松へ向かう便を待っている時に、祖母が亡くなったという知らせが入りました。
亡くなったのは父方の祖母で、とても真面目で聡明な人でした。読書するのが好きで、毎週のように図書館から本を借りてはずっと読んでいました。祖父母とは私の実家で一緒に暮らしていましたが、 祖父母ともに真面目一筋な空気であったので、どことなく「とっつきづらいなあ」と思いながら暮らしていました。
祖母は私の妹とは特に折り合いが悪く、破天荒な妹に対して常に口酸っぱく注意していました。そのため妹は祖母になつくことなく、今日に至るまで犬猿の仲。ですが、祖母が亡くなる数日前に見舞いに来ていた母にこんなことを涙ながらにこぼしていたらしいです。「もっと妹と仲良くしたかった」、「厳しくしすぎた」と。聡明な祖母でもそんなことを思うのか、そんな後悔があるのかと衝撃でした。
ざっくりここ半年余りで親類を2人立て続けに亡くしましたが、そのどちらの出来事も私には「もっと自分の根っこの気持ちに正直にならないといけないぞ」という教訓を教えてくれました。
生きていると「また次の機会がある」とか「まだ恥ずかしいから言わないでおこう」とか、そういった気持ちが出てくるのは当然だと思います。でも、明日自分が生きているかどうかの保証さえもない。本当はそんな儚い世界に私たちは生きているのですから、できる限り自分の気持ちに正直に生きていく気持ちを忘れちゃいけないんだなと。アタマでは分かっているつもりなのですけれども…祖母のその話を聞いて、改めて私は痛感しました。
図らずも立て続けに、自分の心の原動力と、自分の気持ちに正直になることの大切さを教えてくれる出来事が起こりました。少し重い話になってごめんなさい。
小さな灯火をかき集めて、大きな渦を起こす
これからの私がどのようなことを展開していくのかは、どのみちこのブログで書いていくことでしょう。その中で、言葉だけではなく、結果や姿勢でどれだけのものが届けられるのか。友人が教えてくれたことや、祖母が最後に教えてくれたことを風化させないために、どんどん取り組んでいきたいと思います。
そんな中で、西条市で音楽部を創部しました。まだまだ小さな音楽部ではありますが、誰もが自由に、そして身近に音楽を楽しめる、そんな場所を作りたいという思いから作った音楽部の、最初の顔合わせを先日行いました。

思えば私だって、15歳の頃にギターを始めてから大学生になるまで、まともに音楽をできる環境には出会えず渇望していました。このような環境をつくることは、決して無駄じゃないはず。今回集まったのは私を含めて4人で、ギター、トランペット、カホン×2という異色の組み合わせでした。あまりにも異色すぎて「どうしたものか」と一瞬思いましたが、だからこそ面白いんじゃないかとワクワクが止まりませんでした。 音楽部の名のもと、それぞれがやりたいことを形にして、自分らしく楽しめる。そんな場所を作ろうと決めました。そして、まだ見ぬ音楽仲間たちが訪れてくれるのを待つのではなく、自分の原動力をコンパスにして出会いに行く、笑顔にしに行く。
これから出会うであろう人たちの数だけ、音楽の楽しみ方があることでしょう。ギターであったり、違う楽器であったり、歌うことであったり。人それぞれ音楽の表現方法が違いますが、その小さな灯火をかき集めて一つの大きな光にすれば、絶対に面白いことができる。これからもっと大きな渦を起こせると実感しています。
自分の気持ちに嘘のないように。後悔のないように。もっともっと頑張っていきます。 見守っていただけると幸いです。
