寿司を握る手からギターを教える手へ。仕事の本質は変わらないらしい

ブラックな飲食業界で学んだ一番大切なことは、食べ物を出すだけでなく「特別な体験」を届けるという姿勢でした。
言葉を添えるだけで、お客様がただ注文したものは、「味わうもの」から「思い出に残るもの」へと変わりうる。
その学びが、今の私のギター教室での伝え方に深く結びついています。
今回はそんなお話です。
漆黒の労働環境とマグロ解体ショー

20代の半ばから数年間、ふりかえると中々な環境で働いていました。
働き方改革が導入される前の飲食業界。
私は寿司屋で働いていたのですが、残業時間100時間は当たり前。
残業代で稼ぐという、典型的なブラック企業。漆黒の環境でした。
月に1回、恒例イベントで「本マグロ解体ショー」がありました。
大きなマグロが店内で豪快にさばかれていく光景は迫力満点!
お客様の視線を一気に集める、花形のイベントです。
特に私が住んでいた田舎では、生の本マグロを目の前で解体してその場で握った寿司を食べられるというのは、それなりに貴重な体験です。
ただ正直に言うと、私はその解体ショー自体にはあまり関心がありませんでした。
もちろん、プロの職人さんが大きなマグロを鮮やかにさばいていく姿は見事です。
しかし私の仕事は、さばきたてのマグロから取れた新鮮なネタでひたすら寿司を握ること。それだけでした。
大切なことは、カマトロとお客様が教えてくれた

マグロにはさまざまな部位がありますが、中でも希少とされるのが「カマトロ」や「頬肉」「頭肉」といった部分です。
特にカマトロは、マグロの首回りにある脂の乗った柔らかい部位。
一般的な寿司屋のメニューにはほとんど出てこない「幻の部位」と言われています。
私は、店内お客様に向かって「このカマトロは、マグロの中でもほんのわずかしか取れない希少部位なんですよ!」と声をかけながら、レーンの内側で寿司を握っていました。
すると、その話を聞いたとあるお客様が「それならぜひ」と、カマトロを注文してくださいました。
握りを出した後、そのお客様は美味しそうに食べてくれました。
お客様が帰った後、残されたカウンターには「カマトロは初めて食べました!こんなに希少なネタを美味しく握ってくれて嬉しいです。ありがとうございます」と書かれたメッセージカードがありました。
自分が何気なく握った寿司が、誰かの心に残り、感謝の言葉につながる。その瞬間に「自分の仕事で人が喜んでくれるって、うれしいなぁ…」と強く感じたことを覚えています。
寿司屋の経験が今につながっている

私は今、ギター教室を運営しています。
寿司屋とギター講師の仕事は、まったく別の業種に見えるかもしれません。
けれども、根っこの部分では同じものを感じます。
お客様が「美味しい!」と笑顔を見せてくれる瞬間。
生徒さんが初めてコードを弾けたときに見せてくれる嬉しそうな表情。
どちらも、自分の手を通じて相手に喜びを届けられる場面です。
たとえブラックな厳しい環境だったとしても、そこにあった“人を笑顔にできる瞬間”こそが、私にとっては財産でした。
そしてその財産は今も、ギター教室で生徒さんと接している時にも輝き続けています。

人を喜ばせる仕事の本質

今思うと、私が好きだったのは単に寿司を握る作業そのものではありませんでした。
大切だったのは、「自分のしたことで相手が喜んでくれる瞬間」。
ギター講師として生徒さんの成長を見守る今も、その本質は変わっていません。
仕事の形は変わっても、「人を喜ばせる」という根っこの価値は、まったく変わりません。
寿司を握っていた手は、今ではギターを教える手に変わりました。
私にとってこの両手は、「人に喜びを届けられる手」でありたいと、今でも強く思っています。