毎日同じようになんてできないけれど
毎日していることを、毎日納得できる水準でこなすのは意外と難しいように思う今日この頃。
今年の八月半ばから毎日更新しているこのブログは、ありがたいことに毎日数十人の人が訪れてくれるようになりました。
ちなみに、このブログ開設したのは5月の末です。
数ヶ月の間、せっせこ記事を30本ほど投稿しても誰も来やしなかった日々を思えば、本当に奇跡のようです。
そして、「今月はもっと訪問者数を増やしたい」と思えば、ある程度のヒット記事を狙って書く手法もうっすらとわかってきました。
例えばこのブログで一番読まれている記事はRADWIMPSのトリビュートアルバム・レビューの記事ですが、今日の時点で3000回以上閲覧されています。

次点でB’zの最新アルバムレビュー記事。レビューだけでは飽き足らず、B’z沼へと引き摺り込む内容の記事が約800回の閲覧数を記録しています。

これらは売れ線の記事を書いてみようと思って挑戦してみた記事たちで、二つの記事を投稿した11月は、来訪者数の推移がエライことになりました。
ブログの来訪者数の推移はこんな感じです

通常のエッセイ記事が50~100回程度の閲覧数であることを考えれば、いかに先の記事たちが閲覧されているかが伝わるかと思います。
ヒットを狙って書いたものが思い通りヒットになったので、喜ばしい限り。
わっしょいわっしょい。
になるかと思っていたのですけれども、ところがどっこい意外とそうでもない。
独り歩きを始めた記事には「へぇ、そりゃあ良かったね、きみ」というような、自分が起こしたアクションではないような感覚がしてくることを知りました。
外れ値は時に感覚を狂わせる。
そしてこの狂いは、毎日行っているもののクオリティを掻き乱す要因になったりもする。
実際、先の二つの記事を書いてからしばらくの間、筆を取るときのテンションがわからなくなりました。
ブログをたくさん読んでもらえるのは単純に嬉しいです。
けれども一方で、元の感覚に戻るまでに思いの外時間がかかったりして、手放しに喜べるものでもなさそうだということも分かりました。
例えばブログで月1万の収益を稼ぎたいと思いつつも、そのためにヒットばかりを意識して、執筆が苦痛になるようでは本末転倒。
たくさん見られている=思い入れがある記事というわけではないことに気づけたのは一つの収穫であるけれども、毎日取り組んでいるものにはなるだけ自然体で臨みたい。
これはギターのレッスンをしている時にも思うのだけれども、毎日を、毎日納得できる水準で続けることの方が、外れ値を出すよりもずっと難しい気がしています。
そして、だからこそ毎日続けることに価値が生まれるのだろうとも思います。
今は無理してヒットを狙って書いている気持ちも、自分の中から自然と生まれてくる文体で描けるようになる日が来たら最高ですね。
そして、このブログは私の頭の中をそのまんまネットに陳列しているものなので、読んでくれている人がいるのは本当に嬉しい限りです。
いつもありがとうございます。

