努力の総量は、どこで決まるのか
ぼんやりと、努力ってなんだろうなと考えていました。
努力が続く理由は、環境か、目標か、それとも痛みなのか。
気づけば日常になっていること
例えば私の1日は、朝4時に起きて9時まで某所で働いて、ほぼ毎日ギターのレッスンをして、ブログの毎日更新をして、大体22時頃までには寝るようにしています。
最初は朝早くに起きて9時まで働くのが結構しんどかったのですが、今では何も感じないです。
ブログに関してももう書くのが当たり前になってしまっているので、努力して文章を書いてはおりません。
内容に関してはボツネタも多く、日々悩みながら書いていますが、書くこと自体に努力を感じてはいないです。
ギターのレッスンも同じようなもので、教室を始めた頃は3コマ連続でレッスンするだけで知恵熱が出ていました。
一方、今年は8時間連続でレッスンすることも時々ありましたし、毎日レッスンがあることも当たり前に感じるようになってきました。
もちろん、来ていただけることが当たり前だとは思っていないです。本当にありがたいです。
「力は抜いても手は抜くな」とはB’z稲葉さんの名言の一つですが、少しずつその境地に近づけている…のかも…?
ということで、現時点では「毎日のタスクに対して努力して乗り越える」ことがかなり減ってきた、要は慣れたのだろうと思います。
新居浜で積み重ねてきた数年間
新居浜に越してきて、来年で6年になります。
この地へ越してきた理由は、そもそも「家族と一緒に住む」ためでした。
22歳で結婚してからしばらくは単身赴任状態で、妻や子供らと離れておりまして。
詳しくは下記の記事を読んでいただけると幸いです。

今新居浜に居る理由は、元を辿れば「リベンジのため」でした。
もう一度、家族と一緒に住む。
そのために家を建て、車を買い、その環境を維持するために三交代勤務をして、どうにも慣れない仕事と人間関係に対し、毎日努力して向き合って過ごしていました。
努力…うーん、努力していた気もするし、理不尽に感じる周囲の環境に必死に耐えていただけな気もしますが…。
その頃を思えば、現状は本当にストレスフリーです。
一緒に住む家族が私にはもう居ないということを除けば。
死別ではありません。離婚です。
離婚原因の詳細は伏せますが、刑事で裁くことができない類の理由です。
人間不信になっていない己のメンタルを少しは褒めてやりたい。
ここ最近は本当にお陰様で、三交代勤務の手当爆盛りでいただいていた給料を越える月収となってきておりまして。
それでも養育費などを払うとなると私の生活費がほぼ全て消し飛びます。
つまり、ここで満足していると私はすぐに自己破産まっしぐら。
来年の今頃、私は新居浜に居られるのだろうか…。
消えない問い
色々話が脱線しましたが、日々の努力を注ぎ込む“本当の目標”が消失してしまった虚無感がここ最近ずっと続いていて、「努力ってなんなんだろう」と考えていました。
そんなことよりもっと努力しろよ俺よ。
精神的に向上心のないものは馬鹿だって、夏目漱石に笑われるぞ。
でも、努力ってなんなんでしょう。
努力が続く理由は、環境か、目標か、それとも痛みなのか。
そしてその総量は、次に自分がどこへ向かうのかを見つけた時、もう一度測り直せると良いのだけれど。

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